Mちゃん日記

はゆな花壇とお客様とのふれあいの中から感じたことの記録です。

こんな時だからこそ。。。    2011年3月29日

大震災から19日がたちました。
今日は嬉しい電話をいただきました。
はゆなで、直売として出している
「イオンショッピングセンター」のお花を見たお客様からです。
私達が並べているお花を見て、はゆなの事を思い出し、
お見舞いの言葉と、「花から元気もらいました。」と言っていただきました。
バラの販売をしている方は、飲料水もままならない時に、
花に水をかけていると国賊のようで、夜にこっそり水掛をしている。。。
などと、おっしゃっていました。
でも、でも、でも、、、
こんな時だからこそ、花から元気もらっている人だっているのです。

この春から社会人としてスタートする娘達。
卒業式も、入社式もありません。
研修もなく、いきなり現場からのスタートです。
就職できただけでも幸せなのかもしれませんが、
ささやかでも、お祝いの手料理ができる普通の食材が欲しい。
緊張した身体をゆっくりほぐせるお風呂が欲しい。
当たり前にしてきた事、普通の生活をとりもどしたい。




大震災から2週間    2011年3月25日

悪夢のような大震災から2週間がたちました。
私のところは、まだ断水、ガスも復旧していません。
ガソリンも手に入らず、とうとう2台とも車は、給油ランプが点灯してしまいました。
昨日、卒業式のお花を無事お届けでき、
最大の懸案事項は一つかたずけられたものの、
通勤農家にとって、ガソリン不足は命とりです。
オーナーも、アシスト自転車や、バイクでの通勤がたたったようで、
腰痛をおこしてしまいました。
もうこれ以上無理はできません。

こんな時でも、はゆなに行き、お花を見るとほっとします。
震災後、なおさら花色が鮮やかに見え、花たちが愛おしく感じられます。
一生懸命咲いている花たち。。。
自然は素晴らしく、自然は恐ろしい。。。




震災からの10日間    2011年3月21日

3月11日、14:45分私は一人ではゆなで作業をしていました。
オーナーは東京に出張でした。
強い揺れを感じ、最初はベンチの足にしがみ付いていたものの、
「このままではダメだ!」と外に飛び出しました。
鉢はほとんど倒され、地割れもおこり、コミニケーションルームも傾いてしまいました。
すぐにオーナーに連絡を入れましたが、全く繋がらず、自宅にも繋がらず、近所に走りました。
ゆめの森は液状化現象も起こっていました。
ハウス前に積んでいた培養土が道路に倒れ込み、道をふさいでしまったのですが、
一人ではどうしようもなく困っているとY君とKさんが手伝ってくださいました。
愛知県にいる息子がいち早く連絡してくれました。
「お父さんは東京で、私は一人なの!」
「はゆな花壇はメチャメチャ!」
「家がどうなってるかも、誰とも連絡とれないの!」
と、訴えました。
「しっかりしなきゃ!」「私がはゆなを守らなくては・・・」
地震の後、天気が急変、激しく降り続ける雪の中、ハウスを見回りました。
そうこうしていると、「早く帰った方がいいよ~」と、
私を案じて、Mさんご夫婦や、Sさんが来てくれました。
何か役立つものがないかと、懐中電灯、毛布、防寒着など車に積んで、
後ろ髪を引かれる思いで帰りました。
秋保温泉は建物の大きな被害はなく、途中のコンビには混雑していました。
ガソリンを入れようと思いましたが、すでに閉まっていました。残量はわずかです。
私の通る道路は多少の地割れ程度で無事自宅に到着しました。
娘達は、無事で片付けを始めていました。
キッチンにいた娘は、食器棚が倒れ、食器が割れて大変怖い思いをし、
2階にいた娘は、箪笥が動き、一時的に孤立し、出られなかった・・・
結局2人も同じ家にいながら1時間以上連絡できず、会えなかった・・・
すぐに、水道を確認しました。直後、水は出ました。
でも、ペットボトルとお鍋、やかんに水を汲みました。すぐ出なくなりました。
電気も付かず、ラジオで情報を得ようとしましたが、あまりにも宮城の情報が少ない!
3人で肩寄せ合って寝ました。

3月12日、朝早く、避難所になっている小学校に行きました。
知り合いの方がいらしたので、何かお手伝い出来ることがあれば・・・
と、申し出ましたが、大丈夫ということでした。
学校のそばの公衆電話からやっと実家(滋賀県)に繋がりました。
東京にいる、オーナーや、仙台市内の義母、義妹とは全く繋がりませんでした。

3月13日、義母の無事を確認し、午後から娘を連れ、はゆなに行きました。
トラックのガソリンも残量が少なく、心配でしたが、潅水しないと植物が危ないので行きました。
井戸水だから、大丈夫・・・なんて甘いこと思っていましたが、
ポンプが使えず、水はたまり水で枯渇してしまいました。
隣の本砂金のNさん宅に湧き水があり、飲み水でなければ使えるということで、
頂に行き、卒業式注文関係の花中心に手潅水で一つづかけてあげました。
でも、電気がないので、早めに帰りました。
真夜中に電気が復旧しました。
初めて見る津波の映像に身震いしました。

3月14日、電気が復旧して、携帯が充電できてたくさんお見舞いのメールをいただいていた。
ごはんが炊けて、久し振りにごはんが食べられて、すごくおいしかった。
オーナーも新潟経由で夜帰ってきた。
今日は嬉しいことがいっぱいあった。
なんか明るい兆し・・・なんて、思ってた。

3月15日、この時代にこんな状態がこんなに長く続くなんて・・・
昨日から一転、状況は暗い。
ガソリンと、水が欲しい。。。

3月16日、オーナーと2人ではゆなへ。
オーナーは被害を受けたはゆなを初めて見てなんと思っただろうか?
今日は寒くて、積雪10cm、時々吹雪。
最悪の状況の中ハウスの天窓、ポンプの修理。
私は、手潅水で、一鉢一鉢水かけ。
連絡がとれなかったA幼稚園から、メモがはさんであった。
「卒園式、延期になりました。よろしかったら、お花お願いします。」
そのメモを見て、わざわざ、来ていただいたことに感謝し、
守ってきて良かった。。。
こんな時だから、でも、こんな時だからこそ、私達が頑張ってきたこと、守り通したい!

それから、オーナーは、電動自転車や、バイクで20kmの道のりをはゆなに通っています。
大切な、大切なガソリンは、配達のために残してあります。

水も、ガスもガソリンもなく不自由な生活ですが、
御近所の皆さんや、家族の暖かさをしみじみ感じています。
皆で頑張ろう!




地震のあと    2011年3月20日

CA3A0245このたびの震災で、たくさんの皆様からお見舞いをいただき、ほんとうにありがとうございました。地震で停電、断水と花を栽培するものにとって大変厳しい状況が数日続き、また、ガソリン不足で、自宅と温室の往復もままならず、なかなか復興に集中できない状況です。卒業式に飾る花については何とか沢水などを汲んできて対応したので大丈夫でしたが、育苗中のセル苗など一部は枯れてしまったものもあります。春以降の情勢は不透明ですが、早めに建物や設備の復旧を図り、花と緑の生産に取り組みたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




カレンダ
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